観光から生まれる新モビリティの可能性
~多様なモビリティが成立する空間設計が鍵~

主席研究員 佐次清隆之

今、観光を軸に新たなモビリティの導入の検討が進んでいる。観光では、いかに人を集客し、誘導し、滞留させるかが重要で、まさに人の移動の動線を担うモビリティサービスのあり方が問われる分野である。ここでは、いくつかの事例を通して観光分野で新モビリティが注目されている理由と今後その可能性を広げていくための要件について考えてみたい。

観光用の移動手段としてグリーンスローモビリティが好評

観光用の新モビリティとして早くから注目されたのは、桐生市の「MAYU」である。桐生市は人口11万122人(2019年12月末時点)の地方都市であるが、年間407万8,400人(2017年)の観光客を集めている。同市で観光客の足となっているのが、低速電動コミュニティバス(グリーンスローモビリティ、以下GSMと略す)の「MAYU」である。「MAYU」は同市に本社を置くシンクトゥギャザー社製の「e-COM8」をベースにした車両の愛称で、全8輪駆動、乗車定員8名、最高速度は19km/hである。「MAYU」の運用を担っているのは、同市で観光振興に取り組んでいる株式会社桐生再生で、現在「MAYU」を5台保有し、2013年から桐生市内の主要な観光スポットを巡る3コースを1日7便、土日祝日に無料で運行している。

「MAYU」は「街をゆっくり見て、楽しむことができる」と評判を呼び、群馬県内の自治体(富岡市、みどり市、みなかみ町、玉村町)だけでなく県外(富山県宇奈月温泉)、さらには海外のマレーシアでも「e-COM8」をベースとしたGSMが導入されている。最近では、東京都の豊島区が「e-COM10」をベースとしたGSM「IKEBUS」10台を導入した。運行主体はWILLER株式会社で、2019年11月から池袋駅周辺の主要スポットを20分間隔で1周30~40分程度、最高速度19km/hで回遊しており、「いつもと違った池袋が発見できる」と注目を集めている。

このように、GSMといった新モビリティは、観光客の「時間の快適化」を求めるニーズに合致した移動車両であるといえる。MaaSのデジタル技術で「時間の効率化」を求める観光客は、一方でリアルな空間を快適に楽しむ時間も求めている。観光で経済活性化を図る地域にとって、観光客を「集客、誘導、滞留」させるための手段として、新モビリティは大きな可能性を秘めているのである。

パーソナルモビリティでオーバーツーリズム対応

一方、観光客が集中して市民生活に支障をきたす、いわゆるオーバーツーリズムにより市内の移動を再検討せざるをえない都市もある。世界有数の観光都市である京都市は、年間約5000万人の観光客が押し寄せている。京都観光総合調査によれば、観光客数は2015年の5684万人をピークに減少傾向にあり、2018年は5275万人となっている。しかし、注目すべきは外国人宿泊客数で、2013年は113万人だったのが2018年には459万人と4倍増となっている。この結果、特に市バス路線が訪日観光客で溢れかえり、市民の利用が困難になるという事態が起こっている。

こうした問題の対策のひとつとして京都市が提示しているのが、パーソナルモビリティ(以下、PMと略す)の導入による観光客の分散である。2018年7月に同市が株式会社テムザックとともに内閣府の国家戦略特区に向けて提出した提案書によると、テムザック社製PMの「RODEM」(2輪駆動、バッテリーは鉛電池、プラグイン方式の充電、最高速度15km/h)をシェアリングし、バス路線や幹線道路はできるだけ避けながら、混雑度が低い観光地エリアや歴史的な街並みが残るエリアを巡ることで、「回遊と散策を組み合わせて新たに街の魅力を発見してもらう」と同時に、「混雑度の高いエリアから観光客を分散させる」ことを狙いとしている。

多様な移動手段が走行可能になる空間設計が重要

ただし、こうした新モビリティの可能性を実現するには、新モビリティの走行空間の確保という課題がある。新モビリティは最高速度に上限が設定されているため、既存交通とのすみ分けが重要となる。新モビリティの走行空間を既存交通の走行空間とどのように組み合わせて設定するかなど、地域の交通体系の再検討が求められるのである。例えば、上記の京都市と株式会社テムザックの提案書では、PMの「RODEM」は電動車いすにカテゴライズされているために現行の道路交通法においては歩道での6km/h以下の走行に限定され、活用範囲が狭いことが課題として提起されている。そして、その対応策として、道路交通法及び道路車両法上歩道も車道も走行可能な新たなカテゴリーを設定し、最高速度を歩道では6km/hだが車道では15km/hとすることを提案している(英国では電動車いすは歩道でも車道でも運行できるルールとなっており、車道では最高速度13km/hまで認められている)。

最高速度に上限設定が課される新モビリティは、高齢者が運転しても事故リスクは低いと推定され、オンデマンドでドアツードアの移動を求める免許返納後の健康な高齢者の移動手段としての活用も想定される。高齢化、インバウンド需要、地域活性化という様々な移動問題の解決に向けては、交通量、速度、安全・渋滞回避を念頭においた走行路の見直しが必要になる。観光のみならず地域住民の移動の足としても期待される新モビリティの可能性を広げるためにも、将来の交通体系を視野に入れた空間設計が求められている。

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